今週の例会


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2720 Japan O.K. ロータリーEクラブではFAXでも受け付けております。
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開会点鐘・歌の斉唱





会長の時間:GSEについて


今回は今を遡ること9年前の2011年5月~6月に実施されたロータリープログラムのGSEについてお話ししたいと思います。


GSEとは?


GSEはGlobal Study Exchangeの頭文字をとった呼称です。ロータリープログラムの一つで、25歳から40歳までの若い職業人を対象にして、海外での職業研修を通して異文化との交流を経験してもらい、社会人としての視野を広げてもらうことを目的としています。

異なる国の二つのロータリー地区が組み合わされて、通常はロータリアンのリーダー1名と、そうではないメンバー4名が研究グループとなり、互いに派遣と受け入れをします。チームは可能な限り受け入れ地区のロータリアンの家庭に滞在します。

プログラムとしては2013-2014年度以降はVTTに移行しました。VTTは「Vocational Training Team(職業研修チーム)」の頭文字をとって略称されています。海外で技術を学んだり、現地の人々を指導したりするため、複数の専門職業人からなるチームを派遣します。メンバーの職業は異なっていても、同じ重点分野を支援するという共通の目的があればよいことになっています。目的は6つの重点分野(※)を支援するものでなければなりません。

(※6つの重点分野)


  1. 平和と紛争予防・解決
  2. 疾病予防と治療
  3. 水と衛生設備
  4. 母子の健康
  5. 基本的教育と識字率向上
  6. 経済と地域社会の発展

チームはロータリアンであるリーダー1名と、そうではないメンバー(少なくとも3名以上)で構成されます。メンバー数の上限はなく、年齢制限と研修期間の制約もありません。Exchangeではないので、派遣だけでも受け入れだけでも実施できます。


2010-11年度のGSEプログラム


私は今を遡ること9年前の2010-2011年度、2720地区からのGSE派遣チームとして、米国とカナダに跨る国際ロータリー第6330地区を2011年5月7日~6月8日にわたり訪問してまいりました。熊本と大分から4名の団員を選出し、団長を含めて5名のチームでの約1ヶ月間にわたる訪問の概要は以下の通りです。

訪問団の選考は年度初めから順調に進捗し、熊本地区から3名(医師、保育士、地方自治体職員)大分地区から1名(事務機器販売会社営業職)が決まりましたが、チームを率いる団長(チームリーダー)がなかなか決まりませんでした。そんな中、当時大分中央RCにて幹事を務めていた私に幸運にも白羽の矢が飛んできました。訪問準備期間、訪問期間、その後の報告書作成期間まで含めると3か月以上にわたることが想定されましたので、勇気のいる決断ではありましたが「なかなかできることではない!」と自分に言い聞かせて応諾させていただきました。



訪問中、米国・ミシガン州に約10日間滞在し、残りの20日間をカナダ・オンタリオ州に滞在しました。到着初日と帰国前日の2泊のみがホテル泊で、その他はすべて現地ロータリアン宅へのホームステイでした。



滞在中、各地でのロータリークラブ例会に参加してチーム・プレゼンテーションを実施しました。また、現地ロータリアンの案内で、両州の文化や歴史に触れる為に様々な場所を訪問しました。



米国・ミシガン州では2つの都市を訪問しました。フリントでは、シボレーやGMの工場内の見学やマイナーリーグの野球観戦を行い、セントクレアーでは、米国内で有名なミシガン大学内の10万人を収容できる「Big House」という名前の巨大なスタジアムや、ヘンリーフォード家の屋敷の見学を行いました。



カナダ・オンタリオ州ではサーニア・ロンドン・ストラトフォード・ゴドリッチ・マイルドメイ・ミーフォードの6つの都市を訪問しました。その中でも印象的だったのは、カナダは移民の国と言われておりますが、その先駆けとなった開拓者村であるパイオニアビレッジの見学や、今回の訪問地区外ではありましたが少し足を延ばして企画いただいたナイアガラツアー、シェークスピア祭が毎年開催されるストラトフォードでの「ジーザス クライスト スーパースター」というオペラ観劇でした。



市中見学では、公園、街中の広場、病院の壁面、浜辺の売店など、本当に多くのロータリーマークを見かけ、こうしたマークの設置場所で、ホストメンバーが「うちのクラブがこの公園のメンテナンスをしている」「この病院の設立時に、最上位クラスの寄付金を納めた」「ここの公園に湧き出る水は、非常に人気があって、沢山の人が水汲みに来る」などの説明を、本当に誇らしげになさっていたのが印象深く、奉仕活動への熱心な取り組み姿勢を感じました。



職業研修に関しては、団員それぞれに適合する訪問先が準備されており、チーム一同、大変貴重な体験をさせて頂きました。両州ともに、綿密な事前計画が立てられており、感激しました。



今回の訪問先では11回の例会に出席し、私達が作成した資料でプレゼンテーションを行いました。内容としましては、団長のリーダースピーチ、2720地区と6330地区の位置関係や面積、人口などに関する説明、大分・熊本の紹介、団員の紹介といったもので、とても熱心に興味深くプレゼンテーションを聞いて頂きました。中でも、大分臨海RC所属の小山先生のご協力のもと、書道ガールズのパフォーマンス動画と作品に関しては、かなりの高評価を頂きました。

約1ヶ月の訪問期間中、私たちの宿泊は、ほとんどがホームステイでした。短くて2日、平均して4~5日の滞在でしたが、本当の家族のように温かく接して頂いて、皆が感激しました。中には、別れを惜しんで涙する団員もいるくらいの濃い時間を過ごせました。



普通の海外旅行とは全く異なる異文化体験であり、ロータリアンでなければ経験できなかったであろう貴重な体験をさせていただいたことに心から感謝しています。

ロータリーを 学び 好きになり 楽しもうではありませんか!

会長の時間を終わります。

2720JapanO.K.ロータリーEクラブ
会長 早水琢也



出席報告


例会 第37回【通算第136回】 2020年5月18日正午~5月25日正午(出席数・出席率 5月25日
正午)


会員数 出席義務者 出席数 出席率
59 59 54 91.53%

例会 第36回【通算第135回】 2020年5月11日正午~5月18日正午(出席数・出席率 5月18日
正午)


会員数 出席義務者 出席数 出席率
59 59 51 86.44%

幹事報告


幹事報告
(1)来信紹介
(2)各種行事のご案内
(3)その他
(4)理事会報告


《来信紹介》


《地区研修・協議会(オンライン開催)の件》
 オンライン地区研修・協議会のご案内


《各種行事のご案内》


*現在新型コロナウイルスの影響のため、各種行事は中止もしくは延期になっておりますが、5月25日現在の今年度の当地区のスケジュールは以下の通りとなります。

【6 月】
 6月21日(日)地区研修・協議会(オンライン開催)

《その他》

《クラブ細則の件》
 変更したクラブ細則を会員専用ページにアップしておりますので、ご確認の程よろしくお願い致します。


《理事会報告》


 今週はございません。

                                    幹事 久保田 努



<サポーターの地区別・クラブ別人数>


【お礼】
2020年5月24日現在、総数56名のクラブ外ロータリアンの皆様に「サポーター」となっていただいています。
心より感謝申し上げます。

【サポーター制度について】
当クラブにはサポーター制度があり、サポーターを随時募集中です。
サポーターの会費は年間(6月末までの年度毎)¥10,000(税込み)で、サポーターの方にはメークアップ証明書を無料で発行致します。
サポーターご希望の方は、「サポーターお申し込みフォーム」ページより、お手続きをお願いいたします。

会員各位におかれましては、お知り合いのロータリアンに制度をご案内いただき、おひとりでも多くの方にサポーターとなっていただき、当クラブ運営に参画いただければと存じます。

【サポーター数】
(2019~2020年度)2020年5月24日現在 55名
(2020~2021年度)     〃      1名  合計56名
 


他地区計(3名)


地区 クラブ名 人数
2590 横浜鶴見北 1
2700 久留米 1
----- その他 1

2720地区計(53名)


                     
地区 クラブ名 人数
2720 熊本
2720 熊本東
2720 熊本城東 3
2720 熊本南 1
2720 熊本西南 2
2720 熊本西稜 1
2720 人吉 1
2720 中津 10
2720 日田
2720 宇佐2001
2720 別府 1
2720 大分
2720 大分臨海
2720 大分南
2720 大分中央
2720 大分1985 6
2720 大分城西
2720 大分キャピタル
2720 津久見

※ 今月のお祝い ※


会員誕生日を紹介していますので、会員専用ページにてご確認ください。
(5月のお祝いページにて掲載しています)
https://ok2720eclub.jp/member/


今週のスマイルボックス


♡ 久野 和代 様(博多イブニングRC)  1口
上記の方からメークアップに際してのスマイルを頂戴しました。大変ありがとうございます(^^)今後とも何卒宜しくお願いし申し上げます!
2720Japan O.K.ロータリーEクラブ会長 早水琢也

♡ 松田 周作 会員  3口
先週は片山勇会員と佐藤弥生会員に、そして、今週は米山奨学生のロンくんとアンさん(元米山奨学生)のおふたりにも手伝って頂いて、霊山寺の造園ボランティアをさせて頂きました♪
皆さんへの感謝の気持ちを込めて、スマイル3口を致します。



ゲスト卓話:パラリンピックと日本の歴史~発祥の地に残る記憶



田中 圭太郎 氏
(ジャーナリスト・ライター)


2720 Japan O.K.ロータリーEクラブのみなさま、初めまして。
私は大分市出身で、現在は東京でフリーランスのジャーナリスト・ライターとして活動している田中圭太郎と申します。

私は社会問題から政治、経済、相撲など、分野の原稿を、雑誌やWEBで執筆しています。短期で取材が終わるものもあれば、長期に及ぶものもあります。
長期にわたって取り組んでいる取材の中から、「パラリンピックと日本の歴史~発祥の地に残る記憶」をテーマにお伝えいたします。



プロフィール


1973年4月生まれです。大分市立桃園小学校に入学し、6年生から大分大学教育学部附属小学校(当時)に編入。附属中学校、大分県立大分南高校を経て、早稲田大学第一文学部に進学しました。


1997年に株式会社大分放送に入社し、報道部に配属。以後15年間記者として警察、別府市政、県政、選挙などを担当しました。2011年の東日本大震災では福島県に応援取材に行きました。この年はニュースのデスクも担当しています。


2012年3月に東京支社営業部に異動し、外勤営業をしていました。半分内勤になった2014年に、業界のトップクラスのライターである上阪徹さんの「ブックライター塾」に通ったことがきっかけで、報道部時代の取材経験を生かして、フリーランスになることを考え始めました。


それから2年後の2016年3月末で大分放送を退職し、翌月から再度「ブックライター塾」で学んで、以後フリーランスのジャーナリスト・ライターとして活動しています。


特にWEBメディアの「現代ビジネス」「FRIDAYデジタル」(ともに講談社)、「プレジデントオンライン」(プレジデント社)、「ITmediaビジネスオンライン」(アイティメディア )、「東洋経済オンライン」(東京経済新報社)、「ビジネスジャーナル」(サイゾー)で私の名前を検索していただければ、記事を読むことができると思います。


「パラリンピック」についての連載を始める


大分放送はTBSの系列で、新入社員頃からお世話になっていた方が2016年4月にTBSの隔月誌「調査情報」の編集長に就任したこともあり、私も「調査情報」でインタビュー原稿などのお仕事をいただくようになりました。編集長は、90年代にTBSの「報道特集」のキャスターをしていた岩城浩幸さんです。


大分で取材する機会も度々あり、2016年には教育者の無着成恭さん、2018年には元内閣総理大臣の村山富市さんのインタビュー記事を書いています。大分放送時代には、村山さんの中国訪問に同行して「村山談話」について考えるドキュメンタリー番組『15年目の対話~語り続ける“村山談話”』を2010年に制作し、TBS系列で深夜ですが全国放送されました。

「調査情報」では2017年から連載の機会を頂きました。タイトルは『パラリンピックから見える東京2020』。東京2020大会が開催されることが決まってはいるものの、パラリンピックについてはその意義も、日本が果たしてきた役割も、まだ日本では知られていないと感じました。


パラリンピックと日本の関係を作った重要な人物が、別府市の社会福祉法人「太陽の家」の創設者、中村裕博士です。私は大分放送報道部で別府市政を担当していた1999年から「太陽の家」を取材し、障害者のスポーツについても取材をしていました。その経験と人脈をもとに、パラリンピックと日本の知られざる歴史を紐解いてみたいと企画を提案したところ、連載が決まりました。


この連載は現在も続いています。今年4月にはこれまでの連載を全面改稿した書籍『パラリンピックと日本 知られざる60年史』を集英社から出版しました(http://gakugei.shueisha.co.jp/kikan/978-4-08-781686-0.html)。


2018年には、パラリンピックの発祥の地であるイギリスのストーク・マンデビル村に取材に行きました。発祥の地で見た日本との関係について、書籍には掲載していない写真も交えてお伝えしたいと思います。


パラリンピック発祥の地はイギリスの田舎の病院だった


ロンドン郊外にあるストーク・マンデビル駅


ストーク・マンデビル村は、ロンドンの中心部から車で北西に約2時間、メリルボーン駅から電車で1時間程のところにある、緑豊かな村です。この村にある、ストーク・マンデビル病院で、パラリンピックの原型となる大会が始まりました。


ストーク・マンデビル病院の入口。「スリーアギトス」のモニュメント


病院の入口には、赤、青、緑の3色からなるパラリンピックのシンボルマーク「スリーアギトス」のモニュメントが立っています。この病院は、第二次世界大戦でノルマンディー作戦が計画された時、負傷した兵士、特に脊髄損傷した重症の兵士の治療にあたるために、1944年に脊髄損傷科が設立されました。


敷地内にあるかつての病棟


現在は大きな病棟が並んでいますが、古い建物も残っています。国立別府病院の医師だった中村博士は1960年にこの病院を訪れ、3か月間研修を受けました。この病棟は、中村博士が研修を受けた頃は病棟として使われていました。現在はビリヤードに似た障害者スポーツの「スヌーカー」や、射撃の競技場として使われています。


射撃の競技場


当時、脊髄損傷患者は寝たきりで過ごすしかなく、そう遠くない時期に死に至ると考えられていましたが、この病院で脊髄損傷患者の治療の責任者を務めていたルードヴィッヒ・グットマン博士は、脊髄損傷患者のリハビリにスポーツを取り入れることで、85%もの患者が入院から半年で社会復帰させていました。


グットマン博士の肖像画


1948年から、病院で患者によるスポーツ大会を始めました。それが1952年から国際大会になり、1960年に初めてオリンピックと同じローマで開催されました。この時は「国際ストーク・マンデビル競技大会」という名前でしたが、今では1960年のローマ大会が第1回パラリンピックとされてます。

中村博士は3か月間ほとんど睡眠を取らずに、スポーツによるリハビリを学び、病院で治療した患者2000人分のカルテを読んだといいます。帰国後は、スポーツによるリハビリを実践すると同時に、1964年の東京オリンピックの直後に、パラリンピックを開催するために尽力しました。この東京大会が「パラリンピック」の名前を使った初めての大会でした。中村博士が発祥の地を訪れたことをきっかけに、パラリンピックと日本の関係が始まったのです。


上皇・上皇后陛下のサイン


現在病院の隣接地には、「ストーク・マンデビル・スタジアム」という名の競技場が整備されています。屋外には広い陸上競技場やテニスコート、屋内では広い体育館、プール、トレーニング施設などを備え、20種類以上のパラスポーツができるそうです。また、障害のない人も利用ができますので、朝から多くの人がジムなどに通っています。


ストーク・マンデビル・スタジアムの屋内施設


テニスコートでは車いすテニスの教室が開れていた


車いすラグビーの練習。イギリス代表の選手と初心者が同じクラブチームで練習している


病院とストーク・マンデビル・スタジアムには、1976年に皇太子ご夫妻、つまり現在の上皇・上皇后陛下が訪れていました。上皇陛下は皇太子だった1964年に、東京パラリンピックの名誉総裁を務めました。以後、日本の障害者スポーツの発展を陰で支えてきていたのです。

1976年に、パラリンピックの存在を知っていた日本人はごくわずかだったのではないでしょうか。その当時に、発祥の地を訪れたことに、上皇・上皇后陛下のパラリンピックと障害者スポーツへの思いが表れていると思います。

私がスタジアムを訪れた際、当時のサインを見せていただきました。


上皇・上皇后陛下が1976年にスタジアムを訪れた時のサイン


スタジアムに当時のことを知る職員はいませんが、上皇・上皇后両陛下とのつながりの記憶は、いまも大事に引き継がれています。


大分国際車いすマラソンがパラリンピックの競技に


他にも日本との交流の記録が残っているかもしれないと聞き、ストーク・マンデビル村があるバッキンガムシャー州の資料室を訪れました。イギリスの各自治体では、その土地に伝わる古い文献などが、数百年以上にわたって保存されています。


バッキンガムシャー州の州都、エイリスベリー

バッキンガムシャー州の資料室


資料管理員の方に探してもらって出てきたのが、大分国際車いすマラソンに関する資料でした。この大会は中村博士の発案で1981年に始まった、世界初の車いすの選手だけが参加するマラソンです。最初の2回はハーフマラソンでした。1983年の第3回大会で初めてフルマラソンの大会が開けるようになったときに、大会事務局は国際大会の新たな種目として公認するよう、発祥の地に申請していました。その時にやりとりされた資料が残されています。


大分国際車いすマラソンが公認されたことについて中村博士からのお礼の手紙


大分国際車いすマラソンは新たな種目として認められ、翌1984年にニューヨークとストーク・マンデビル村で分散開催されたパラリンピックから、車いすマラソンが行われるようになりました。パラリンピックの種目が日本、大分から生まれていたのです。


2018年の第38回大分国際車いすマラソン


大分国際車いすマラソンは、2020年に40回目を迎える予定です。新型コロナウイルスの影響で、東京2020オリンピック・パラリンピックは1年延期になり、大分国際車いすマラソンの開催も現時点ではわかりませんが、パラリンピックにはオリンピックとはまた違った歴史と意義があることを、この時期にお伝えしたいと思いました。パラリンピックと日本の歴史を、少しでも知っていただければと思います。

貴重な機会をいただきまして、ありがとうございました。


閉会点鐘



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